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校歌?応援歌

校歌について

小樽商科大學の校歌は、1932年2月に発表された小樽高等商業學校の校歌であったものです。當時の學生たちの強い要望により作成されたもので、詩人?時雨音羽氏が作詞を、作曲家の杉山長谷夫が作曲を擔當しています。


小樽商科大學校歌

時雨 音羽   作詞
杉山 長谷夫  作曲

(一)
金鱗おどる渺々の
あけぼの稱う浪の唄
エルムの花に若人の
涯なきのぞみ數々秘めて
夢うるわしの緑ケ丘よ

(二)
夕陽映える白樺の
梢をわたる風の唄
慈愛の山のふところに
銀翼みがき駿足秘めて
唄ほがらかの緑ケ丘よ

(三)
蒼穹はてず道つきず
はるかに仰ぐ北斗星
栄冠迎うこの胸に
飛躍の力ひととき秘めて
花咲き匂う緑ケ丘よ

(四)
健腕拓く五大洲
凱歌はあがる我母校
感激満てる若人の
血潮に清き教えを秘めて
春永遠の緑ケ丘よ

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jasrac-school

JASRAC許諾第E1904223407號

 

応援歌「若人逍遙の歌」

応援歌「若人逍遙の歌」は、1955年に札幌地検小樽支部長として著任した高島茂氏が作成した逍遙歌の歌詞が大學に獻呈され、當時の學生の宮內泰氏が作曲し、今も歌い継がれています。


若人逍遙の歌

高島 茂   作詞
宮內 泰  作曲

(口上)
春風颯々として山河をめぐり
百花繚亂の盛夏となりぬ
霧水來たりて百山紅を呈し
龍田の朔北(と)なれば暗雲天空を覆い嵐を呼び
紅山白山と化しその白雪の中に身を埋める

その厳しき天地のすべ我等が俗世と何の関わりが有ろうか
連山殘雪に覆われし頃比の朔北の地に移りし我等なれば
何を悩み何をば求めん

俗世の安楽冥利とは大海に漂う塵の如し
我等その塵に何ぞ命を託さんや
今こそ悪夢より覚醒出でて
打ち寄する荒波の如き熱き血潮を持って杯をかかげん
春宵の暁にいざいざいざ歌わんかな我等が命を

(一)
瑯玕融くる緑丘の
春曙を逍遙えば
浪漫の靄に街沈み
風悠久の言葉あり
瀾朶の桜花吹雪つつ
あわただしくも逝く春の
伝統古き學舎に
展ける海のはてしなき

(二)
夏白樺に囁やきて
  ハイネの詩を口ずさむ
みめ美わしきまなざしの
又なき時の愛しさ
斷崖落ちて波くだけ
オタモイ遠く帆走れば
オタルの嶺々の夕あかね
冴ゆる北斗にうそぶきぬ

(三)
秋簫條の思い濃き
  ポプラにかかる雲消えぬ
流転の行旅夢に似て
悩みの思惟を誰か知る
感傷笑うことなかれ
桜ケ丘にたたずみて
淚滂沱と憂愁の
落葉の行方誓うかな

(四)
氷雪海に傾きて
月寒ければ翻とかん
晦冥行路遠けれど
われに港の乙女あり
流星落ちて影もなし
逝く青春の足音に
生命を惜しむ若人は
永卻の杯酌まんとす

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応援歌「若人逍遙の歌」の著作権について

本學の応援歌「若人逍遙の歌」は、作詞 高島 茂氏、作曲 宮內 奏氏によるもので、歌は商大グリークラブによって歌われております。本學の応援歌は、社団法人日本音楽著作権協會(JASRAC)の管理作品ではありません。本ホームページへの掲載にあたり、利用許諾の手続きをとっておりましたが、作詞者の高島 茂氏の連絡先が分からず、利用許諾手続が完了しておりません。

本ホームページへの本學応援歌「若人逍遙の歌」の掲載は、著作権者の権利を侵害する意図は全くありません。もし、本學応援歌「若人逍遙の歌」の著作権利者または関係者(利用許諾手続ができる方)がいらっしゃいましたら、利用許諾の手続きを行いますので、本學までご連絡ください。

【本件に係る連絡先】

小樽商科大學総務課総務係

TEL:0134-27-5207
Mail:shomu*office.otaru-uc.ac.jp

※メールを送信する際は、上記アドレスの*を@に変更してください。


Column 商大探舎 Vol.15

教務課

1935年、苫米地英俊校長が就任した。新校長は就任直後、まず學內の機構改革を電撃的に行った。従來の教務?監生部制を廃止して、教務課と生徒課を新設し、その上に教導部を設けた。監生部?生徒主事の抑圧的な姿勢に學生の不満が高まっていたと推測される。また「學科主任」の設置もこのとき行われた。

教務課

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